スポンサーサイト

--/--/-- --

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

東日本大震災に際して【災害医療・原発情報】その10~生還するための栄養 その1~

2011/03/22 Tue

 皆様、おはこんばんちは。Dr.JINです。

 「東日本大震災」から、一週間以上経ち、昨日はお彼岸の中日です。被災地の方は、別な思いで、今日という日を迎えられたのではないでしょうか。改めて、今回亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げます。

 その後、福島第一原子力発電所の3号機・4号機への放水も、全部で、3000リットルを超える水量になって、使用済み燃料プールへの注水だけ見ると、順調です。ただ、第3号機の圧力がなかなか下がらず、それが、ちょっと気になるところです。

 最近のニュースでは、津波で流された家の中に閉じ込められていた老婦人とそのお孫さんが、災害から9日ぶりに生還したという話がありました。このニュースを聞いて、私自身、考えることがありましたが、それは、後半で。 

 ところで、現在、被災地における避難所に、いろんな物資が無い、という話があります。政府や自治体等の話では、道が寸断されているために、そこより先には物資を運ぶ事ができない、というような事を言っています。

 これに対して、私、そして、特にパートナーは、道が寸断されていたとしても、ヘリコプターではそこまで飛んで行ける。では、ヘリコプターなどで必要な物資を持っていって、その上で、地上にできるだけ近い場所から、そこに落とすということを何故しなかったのだろう、とずーっと不思議に思っていました。

 先日、疑問が解けました。私が良く読んでいるブログにこんなことが書いてありました。



「ヘリが着陸できないところに・・低空から救援物資を投下できないのかって? オレたちもそう思ってるよ。 許可を取ろうとしたら・・どこかの役所が横槍入れてきたそうだ。 なんでも・・"投下して、救援物資が破損したら苦情が来てかえって問題になる" とか、"自衛隊が固定物を投下することを許可する法律がない・・住民が爆弾と間違えて苦情がきたら困る" ってのもある。 水は落としてくれ!って言ってるくせに・・物資は落とすなって言うんだから・・ハナシにならないよ・・」

こうした非常事態の時でさえ・・
官僚のお役所仕事は・・
国民の生活と安全を脅かします。




 本当だとしたら、実に困った話です。医学でもそうですが、リスクとメリットの双方を勘案した上、結局は何を優先して選択するのか、が大事なのだと思います。今大事なのは、お役所の体面よりも、被災者の方が如何に過ごし易くなるか、だと思うのですが…。


 ところで、先にお話しした、9日ぶりに助かった老婦人とそのお孫さんの話ですが、以下がそのニュースです。



孫が救った80歳祖母 218時間ぶり生還

 東日本大震災で大きな被害に見舞われた宮城県石巻市門脇町で20日午後4時過ぎ、がれきの下から女性と少年が救出された。宮城県警察本部などによると2人は同町の阿部寿美さん(80)と仙台市の孫の阿部任(じん)さん(16)。地震で倒壊した家に閉じこめられたが、冷蔵庫にあったヨーグルトなどを食べて生き抜いた。大震災は発生から10日目を迎え、警察庁の午後9時のまとめで死者は8450人、届け出のあった行方不明者と合わせて2万人を超えた。1都14県の避難所で約35万5000人の厳しい生活が続いている。

 がれきの街で、倒壊した家の上で懸命に手を振る少年がいた。大地震と大津波の爪痕が残る石巻市門脇町。震災から10日目の午後4時過ぎだった。

 門脇町付近で捜索活動にあたっていた石巻署員が、家屋の上で手を振り続けている少年を見つけた。警察官が近づくと「家の中にばあちゃんがいる。助けてください」と告げたという。少年はジャージーの上下姿で靴は履いておらず、靴下のままだった。寒さの中でタオルを何枚もかぶり、ぶるぶると震えていた。

 警察官が叫ぶと女性の声が返ってきた。消防のレスキュー隊にも救助を要請し、数人でがれきを押しのけた。家は木造2階建て。倒壊した時に2階の台所の空間ががれきの下に残った。がれきを取り除くと、女性が家具の上で布団にくるまっていた。午後5時前に助け出された時、女性は「よかった。足が悪くて動けない」と涙を流した。

 2人は門脇町に住む阿部寿美さんと仙台市の孫の阿部任さんだった。任さんは救急隊員が菓子と簡易カイロを渡し、雨がっぱをかけると「ありがとう」と話したという。2人はヘリコプターで石巻赤十字病院に運ばれた。任さんは体温が28度と低く、衰弱していた。

 任さんは「地震で家が崩れ、2人とも台所に閉じ込められた。冷蔵庫にあった鉄分入りの飲むヨーグルトやコーラ、牛乳2本、水などを飲んでいた」などと話している。倒れた家具の隣にダイニングテーブルがあり、その上に布団が敷いてあった。枕元にはパンや冷凍食品のたこやきなどがあったという。2人はできるだけ厚着をし、毛布にくるまって寒さをしのいだ。

 20日になって任さんが力を振り絞り、テーブルの上から天井を破って屋根裏に出て、さらに屋根を破ってはいだして助けを求めた。

 救出後、2人と対面した父親の明さん(57)は「よく頑張ってくれたと声を掛けた。この9日間、必ず生きていると信じていた」と話した。任さんは仙台市の高校に通い、明さんと仙台市で暮らしていたが試験休みで寿美さん宅を訪れていた。

 津波のあった翌日に任さんは兄の携帯電話に「2階の台所におり無事だ」と伝えた。消防に連絡し、明さんらが自宅を捜したが、津波で家が押し流されたのか見つからなかった。明さんは「諦めないことは偉大なことだ。(任さんは)あまり話さない子だけど、頑張るやつなんだなあと思いました」と話す一方で「私たちだけがこんな幸せを味わうのは申し訳ない。今後、何か役に立つことを家族でやろうと話し合いたい」と話した。

 2人が見つかった門脇町は、旧北上川の川沿いにあり、河口からおよそ1キロ上流。大津波で住宅が押し流されるなど大きな被害が出ている。【山下健二郎】

 [2011年3月21日9時45分 紙面から (日刊スポーツ)





  この方達はどうして助かったのでしょうか。まあ、実際、運もかなり関係していたでしょう。津波で家は流されていたものの、家が完全に押し潰されていた、という訳ではなく、何とか、呼吸できるようなスペースがあった訳ですから、その事自体、とても幸運だったとは思います。

 ただ、彼らが、9日間生き延びた、その原因を探る事は、今後、何らかの災害があった場合におけるサバイバル法を考えるにあたり、とても重要だと、私、Dr.JINは考えます。

 そこで、私が気になった部分を、以下に抜粋してみます。



…(前略)…

 任さんは「地震で家が崩れ、2人とも台所に閉じ込められた。冷蔵庫にあった鉄分入りの飲むヨーグルトコーラ牛乳2本などを飲んでいた」などと話している。倒れた家具の隣にダイニングテーブルがあり、その上に布団が敷いてあった。枕元にはパン冷凍食品のたこやきなどがあったという。2人はできるだけ厚着をし、毛布にくるまって寒さをしのいだ

…(後略)…





 次回以降で、今回気になったところについて、私自身の考えをお話ししていきたいと思います。

 なお、本日も、今回の災害において役立つ救急情報については、アップデートしませんでした。そちらにつきましては、、その4をご参考にされて下さい。


 毎回繰り返しになりますが、被災地の方々の、ご無事をお祈り申し上げます。今後も被災地の復興に向けて、役立つと思われる情報を提示していきたいと思っております。


 Dr.JINでした。それでは、また。


スポンサーサイト

テーマ : お役立ち情報
ジャンル : ヘルス・ダイエット

tag : 地震 災害時 医療 原子力発電所 原発 栄養 生還

コメント

Secret

プロフィール

歌い人

Author:歌い人
Dr.JINです。主に、小児科や内科を診ている医師ですが、日常の診療で、薬だけを使うやり方に少々疑問を持っています。

そこで、今回、私自身がお勧めできるような健康情報、例えば、栄養の取り方や日常の過ごし方などを発信していこうと思います。

統合医療・予防医学・アンチエイジング・栄養・ダイエット。
他に、禁煙や医療問題情報などなど、お楽しみに。

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
FC2カウンター
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2ブログランキング
TopsyのRetweetボタン
お手数ですが、数字の書いてあるボタンを押して、その後出てくるウェブぺージの「tweet」ボタンを押して頂きますようお願いします。
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。